【小話】黒百合

小話

薄黒い夕暮れの空が、ぼんやりと見える。
「ああ……あぁ……」
涙は出ない。ただ喉の奥から嗚咽にも似た声だけが漏れる。
心臓の音がやけにうるさくて、耳を塞ぎたくなった。

この感情を何と呼べばいいんだろう。
ただ胸の底に、得体の知れない何かが溜まっていくのがわかる。
それは重くて苦くて、とても嫌なものだ。

「……?」

不意に、手に温かいものが触れた気がした。

「……っ!」

気が付くと、その手は私の手を握っていた。
暖かい、でも少しずつそれの温度はなくなっていくのが分かる、
そうして初めて、自分がした事の大きさがはっきりしていく。
それと同時に吐き気に襲われた。

思わず手を離そうとした。だけど体が動かない。
まるで自分の身体じゃないみたいに、思うように動いてくれない。

私は、どうすればいいのだろう。私は項垂れた。
この感情をどうしたらいいのかわからないまま、時間だけが過ぎていく。
窓の外が暗くなっていく中、私の手を握ったままのソレはまるで私の心を見透かしているように見えた。

『――ッ!』

目が覚めると自分の部屋のベッドの上だった。
時計を見るとまだ朝の五時で、窓からは薄い光が差し込んできている。

心臓の鼓動がやけに早い。まるで全力疾走の後みたいに全身が汗まみれだ。

「……なんなの」

思い出すだけで死にたくなるような夢だった。
どうしてこんな夢を見てしまったのだろう。
私は汗で肌に張り付くパジャマを脱ぎながら部屋を出た。

「お風呂はいろ……」

とにかく汗を流してすっきりしたかった。
浴室に着くなり服を脱いで、そのまま頭から熱いお湯を浴びた。

「ふぅ……」

やっと人心地ついた気分になって息をつく。
今日は平日だし学校がある。
いつまでもあんな夢を引きずってる場合ではない。

「よしっ」

気合いを入れ直して、浴室から出る。
手早く着替えを済ませてから朝食を摂って、学校へと向かう準備を始めた。

いつもの時間に靴を履いて、玄関の鏡で全身を確認する。

いつも通りの制服、いつも通りの荷物、いつも通りの恰好だけど
いつも通りではない何かに違和感が残る。

何かが違う。
いつもと違う。
なにが違う?

なにが………

「っ」

ゴトっと2階から物音がした。
何か重いものが落ちたような、そんな感じの音がした。

私の足は2階へ向かう。

2階は私が寝ていた自室と両親の部屋がある。
恐る恐る2階に上がって、まずは自分の部屋を確認した。

なにも変わりない、いつも通りだ。

そして、次に両親の寝室へ。
なぜだろう。
中に入ってはいけない気がする。
なんでこんなに違和感があるのだろう。

私は、少しの恐怖と大きな違和感に苛まれながら、ドアを開けた。

「…ああ」

私は納得した。

そうだ、そうだったそうだった。

私は静かな二人に笑顔を向ける。

「いってきます」

窓から差し込む朝日が二人を照らす。
私は清々しい気分で、靴を履いて家を出ていった。

そして、感じていた恐怖や違和感はいつの間にかなくなっていた。

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